先の弘前編には、続編がある。実は、晩春に花追いをして、そのことを梅雨の今書いている。思えばあの時、福島で桜に会ってから、北上する桜前線、桜花を追うことに憑かれていた。或いは、そのことを目的として、ただ走りたかったのかもしれない。片道 643km の距離を。先の弘前編で長い高速をひたすら走っていると、ただ走るだけに走っているような気がしてくるというようなことを書いたと思うが、それ自体が目的であったのかもしれないとも思えてくるのである。 夜桜を弘前で見た翌日、起きると、やはり桜を見たくなる。見たくてホテルを出て歩く。歩きながら、桜を探して、見ている自分がいる。弘前駅の方に歩き、朝食をミスター・ドーナッツを見つけて食べることにした。いつも自分で作っているパン食の朝食に慣れきっているせいか、その味に少し飽きがきていて、ミスター・ドーナッツのミートパイのようなものであったと思う、それとカフェオレが本当に美味しく感じた。それなので気をよくして、店の写真を三枚撮った。そして弘前駅頭上に昇る太陽と、駅近くの桜と通りで会った枝垂桜をやはり撮った。桜は確かに俺に笑っていたと思う。「おはよう。」と言いながら。 そうして、岩木山を見ながら、帰路につくつもりでいた。ところが、弘前城を車で過ぎようとする時、昨晩の桜にもう一度会いたくなってしまったのである。弘前城近くに車を止めて、城に向かう。天気もよかったので、もう既に多くの人が公園を歩いている。家族連れやカップル、若年や壮年、老年仲間・・・。多くの人に見られて、桜のやつはちょっとよそゆきの気取った態度であった。俺をみても知らんふりしているようでもあったが、写真を撮り始めると、「あら。やっぱり。また、来たのね。」と言った。やっぱり、桜は、確かに俺に綺麗な笑顔で笑いかけていた。福島編で、この日この時の花には二度と会えないような気がしてと書いたが、この桜は、来年も再来年も、何十年先まで、百年以上経って朽ち果てるまで咲き続けるのだろう。その両方の意味で桜が愛しいと思えた。やはり、目的はここにあったのだと確信した。一時的に桜に憑かれた自分がいた。それは桜に限らずこの見えている美しい世界が自分にとって一時的なのかどうか、今の自分にはわからない。 この土地で神格化され、「...