東北を走っていた時に、もうひとつ心に残っててというか、しみついて消えない風景があった。それは、高速を降りて山間や村や町を走っている時に見た里山の新緑である。夏の真緑の美しさとは違って、ほんわりと優しい黄緑の木々や山々である。枝木の茶色の中にその色が入り混じってなんともいえない幻想的な風景を醸し出しているのである。 帰ってから、その山の色合いと風景を見たくなって、信濃に向かって車を走らせた。 そうすると、この日は高速を走り、軽井沢インターで下りて、軽井沢に向かう道でその風景に出会うことができた。勿論、それほど雄大ではないかもしれないが、かつて俺が、群馬、信濃のグランドキャニオン☆と呼んだその場所だった。 木々や花や山の写真を夢中になって撮っていると、一瞬、深い、そして神の領域と言ってももいいような、深い深い山や森、原生林にまで入っていって、写真を撮る写真家の気持ちがわかるような気がした。 しかし、「この美しい世界」と俺は言ったが、 その世界というのは、殊更に特出、傑出した名勝を言っているのではない。勿論、名勝と言われる場所や観光スポットには美しい光景が広がっているけれども。その美しい世界は我々の日常であっても、見ようと思えばみることができる世界のことでもある。むしろその世界のことを言いたい気がする。 青森の桜も、もう既に盛りは少し過ぎていた。でも、山を走ると、桜は吹いた風に桜吹雪を俺の車に降らせてくれたんだ。 浅間は噴煙とも雲ともつかぬ長い帯状の雲を排出して、不思議な光景を見せていた。 WonderfulのWonderはどういう意味だったかな? (^^)/R. Thank You !