前略、Hey,boys & girls !
『ひとつひとつの連帯を見出していくと、今とは違う未来が見えてくる。それは、命と命の繋がりが見えて、感じられる世界。』
我が国は超高度成長を既に終え、国レベルの、また、国民レベルの連帯をもった大仕事を終え、個人の幸福ということを考え始めた。そして、ここからが、また真の力の見せ所とも思うが、高度成長後の国政も経済も停滞ぎみである。出口があるのか、無いのか(といってもそこからは出すぎれば、頭打ちにあい、出なければ衰退する)、継続模索中、或いは現状維持志向(あれから、なんか閉塞感があって、このままも嫌だが、大きな変化も嫌だな)ということであると思う。
歴史をみると、近代以降、西欧の個人を基本とする連帯の理念(正義)、個人主義や個人の尊重が導入され、資本主義社会の発展とともに、その理念(正義)も歪み始めた。
『我が国はそれ以前、正義ではなく、個人が参加する共有の世界をもって、折り合う、矛盾を受け入れるかたちで連帯を可能にしてきた。』
日本独自の共有世界と個人主義と西欧の理念が入り乱れる中で、おそらく、日本の共有世界も歪み始めたのであろう。
しかし、現在においても、日朝、日韓、日中問題においては、十分この日本的な連帯の在り方が、いい意味で生きているように私は思う。
(その2に続く・・・・)
草々
『ひとつひとつの連帯を見出していくと、今とは違う未来が見えてくる。それは、命と命の繋がりが見えて、感じられる世界。』
我が国は超高度成長を既に終え、国レベルの、また、国民レベルの連帯をもった大仕事を終え、個人の幸福ということを考え始めた。そして、ここからが、また真の力の見せ所とも思うが、高度成長後の国政も経済も停滞ぎみである。出口があるのか、無いのか(といってもそこからは出すぎれば、頭打ちにあい、出なければ衰退する)、継続模索中、或いは現状維持志向(あれから、なんか閉塞感があって、このままも嫌だが、大きな変化も嫌だな)ということであると思う。
歴史をみると、近代以降、西欧の個人を基本とする連帯の理念(正義)、個人主義や個人の尊重が導入され、資本主義社会の発展とともに、その理念(正義)も歪み始めた。
『我が国はそれ以前、正義ではなく、個人が参加する共有の世界をもって、折り合う、矛盾を受け入れるかたちで連帯を可能にしてきた。』
日本独自の共有世界と個人主義と西欧の理念が入り乱れる中で、おそらく、日本の共有世界も歪み始めたのであろう。
しかし、現在においても、日朝、日韓、日中問題においては、十分この日本的な連帯の在り方が、いい意味で生きているように私は思う。
(その2に続く・・・・)
草々
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