スキップしてメイン コンテンツに移動

男のひとり夜めし2 - ALTAR WAR -

ここんとこ、簡単なもんばかり作って食べてる理由はね。

お袋ケアの後半の更に後半あたりから、二食にした方が、調子がいいことがわかって二食に切り替えたんだ。間におやつとお茶タイムを入れて。二食の期間も長かったので、今、カムバックして昼をしっかり食べると、夜は、あっさりしたもんや、ちょっとしたもんを食べたいという傾向がまずあるんだと思う。それから、ケア中は二人分(二人量でやってたから、ひとり量にするのにちょっと時間がかかった。いまでもつい二人分くらい作ってしまうことがある)作ってて、お袋に旨いもんや栄養のつくもんを、また、飽きないで食べさせたいとか、ん?この味はと思うようなお袋の味を含めて、自分が今日は何が食べたいかな~お袋も同じものが食べたいと思うので、原則、ご飯が中心で間に麺類を入れる。食べる時は二人ともしっかり食べる)でその日その日で作っていた。食事はお袋の一日の大事なイベントであったし、よく食べてよく出す方もまた大事なイベントだった。それで、ひとりになって、自分だけの為に作るとなると、モチベーションが下がるというか、俺が食べるだけだし、簡単なもんでいっかなみたいな傾向も出てくる。更に、仕事して帰って作るとなると、これまた簡単なもんでということになってしまうというわけなんだ。でも、世のお母さんたちは、仕事して帰って、食事の準備してる人も多いと思うから、そういうことは言ってられないね。その10年というのは、家事を含める世の主婦の仕事というものを実感としてわかった10年でもあったね。お母さんたち、主婦は偉大なりと思ったよ。ほんとに。そして、俺が自分でだいたい何でも作って食べられるようにしてからお袋は逝ったんだなとあとから思えてきて、そのこともお袋に感謝してる。

 今夜は、オリジナル野菜たっぷりソースのべジグラタンだよ。 


 夜ご飯ミュージック🎶は、今の俺の5日くらいのブームで菊地成孔率いるDATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDENの『ALTAR WAR

なんだ?昨日、アメリカ批判をさんざんしといて、ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンだって?いやいや、そこのところが、俺たちの世代のパラドックス!

菊地の2011年『ALTAR WAR』は、マイルスがやった音楽上の変革、ジャズとロックとの融合時の音の風景を見事に菊地のテイストで再現(コピーということでなく菊地のアレンジということだ)している。1曲めは確かに、音楽史上の名盤とされるマイルスの『Bitches Brew』を意識し、ここでまさに日本の『bitches brew』が再現されたといってもいいと思う。そして、二枚組のアルバムの二枚目のでは、そこからジャズがフュージョンへと移行していく様子が描かれる。ハービー・ハンコックあり、シャカタクあり、・・・で。さらに明確なテーマを打ち出して、ダンス・ミュージックとも言える軽快なポップ調の「Mirror Balls」で終わる。このアルバムは、アメリカでも評価され、有名なジャズのレーベルIMPULSE !からリリースされている。

今現在流行っている音楽を聴くのであれば、共有意識みたいな共感があると思うけど、自分のその時々のブームみたいなのは、「そうなんだ。」くらいのもんだとわかっていても、マイルスは不滅だと思うし(マイルスほど繰り返し再盤されているミュージシャンは少ないし、菊地はこの国でまさにマイルスを再現したひとりだから)、共感する人もいるかなと思うところがないでもない。菊地はマイルスに傾倒していたと思うが、マイルスの音楽とは違う。そこが菊地の魅力である(同じことをただなぞっているのでは面白くない)。そして、マイルスは、どうかというなら、ジャズから決して逸脱することなく、独自のスタイルを持って、いわゆるフュージョンにも行かず、緊張感を保ち、音のひとつひとつが研ぎ澄まされ、威厳を湛えかつ、ダイナミックである。もし、興味あったら、マイルスも菊地もぜひ聞いてみて!

今週あたりの俺には、マイルスの変革期と70'Sに似た緊張感やフュージョン交じりで、ポップなダンスミュージックが心地よいのだろう。R.

 (^^)/ Thank You !

コメント

このブログの人気の投稿

彼岸の生まれ土地(鬼石町)

彼岸なので、春分の日は休日ということもあって、みんなもお墓参りしたかな? 俺も生まれ土地の鬼石町に訪れて、墓参りをした。非常にいい天気で、墓参り日和だったね。  生まれ土地の 鬼石町 は、なんの変哲もない小さな田舎町で、今日も静かに佇んでいた。子供の頃、ガキグループを作って、神流川で泳いだり、石の投げ合いをしたり、三波川渓谷で遊んで、沢蟹をとったりした。町のなかでは、先に書いた銀玉鉄砲で遊んだ。勿論、それだけではなく銀玉が流行る前は、チャンバラをやったり、缶蹴りやだるまさんが転んだ、二グループに分かれてやるかくれんぼ ( 逃がし ) なんかをしてよく遊んでいた。山遊びは、町の西にある山を一本松と呼んで、そこには、秘密基地を作った。東側の山は一本松より高く、二本杉と呼んでいた。山道をひたすら登り、川の中や川のほとりを登ったりして、山頂征服を楽しんだものである。町の周りじゅうの山に登った。ある時は、はるか峠を越えて隣町まで行ってしまい、夜になって車で迎えに来てもらったこともある。相棒の Y と秘密で、穴を掘り続け、地球の裏側に行くことを計画したこともあった。 三波川渓谷 には、一面、青緑の砂でできた山があって、俺たちはその山を青い砂と呼んでいた。「今日は、青い砂に行ってみるか!」ってな感じである。今思うとその青い砂は三波石が自然に削られてできたものか、或いは石を削った石の削り粕が捨てられてできた山かもしれない。 鬼石というのは、興味をそそるような不思議で変わった地名だが、幼いころ、「鬼が石を投げたその石のある場所 ( 鬼石の神社になっている ) ということで、鬼石という名がついた」という話を聞いたことがある。鬼石町に伝わる昔話からその名がついたのであろう。名物の 八塩煎餅 は藤岡の瓦煎餅とはまた違い職人技で焼いた非常に薄い煎餅(また磯部煎餅も薄いがそれよりも更に薄焼きである)で、地酒は 鬼面山 である。三波川には、天然記念物となった 寒桜 が山頂付近一面に咲く観光名所の 桜山 がある。健康ランド風の桜山温泉が後 からできたが、古くから 八塩館 と 神水館 という温泉旅館もある。   天気がよかったので、その日は桜山に登り、鬼石町を山頂から眺めた。 (^^)/R.   Thank You ! P.S...

橋本一子の『Miles Away』

橋本一子 のマイルスへのトリビュート・アルバム『 Miles Away 』は、どうしてこんなにも、今もなおマイルスの不在を寂しがるマイルス・ファンの思い ( 喪失感 ) を満たすのだろう。それは、マイルスのサイドマンであったり、ライブを重ねたミュージシャンたちのどんなトリビュート・アルバムよりなのである。 橋本一子はこのアルバムのライナー・ノートで自ら「マイルス・ディビスは、私にとって、ジャズというジャンルにおいてはもとより、音楽における最   も重要であり偉大な音楽家のひとりです。」と言っている。そして、「常に新たな地平を見据え、スタイルもジャンルも超えて突き進んだその天才は、いま音楽をやっているわたしたちに多大な影響を残していきました」とマイルスのことを語る。 橋本一子をライブで初めて聴いたのは、吉祥寺の確か曼荼羅というようなライブハウスであったと思う。山下洋輔との共演であった。橋本一子の出現は、日本の歌謡界でいうなら、荒井由実の登場のようなもので、日本のジャズ界においては、全く新鮮な輝きと驚きと幸福であったと思う。アルバム『 Ichiko 』『 Beauty 』『 Vivant 』~『 Mood Music 』の三部作、四部作は、彼女の傑作であると思うし、日本の当時のジャズに明らかに、新鮮な風を吹き込み、彩りを加えたと思っている。ジャズを基本としているが、クラシック、現代音楽、ポップスと融合し、更にハスキーでスウィートなボイス・パフォーマンスを加えた彼女独自のスタイルは、刺激的で魅力的であった。 このアルバムは彼女の 14 作目にして初めて、マイルスに捧げられたアルバムということになる。女のジャズピアノアルバムというと、ジャズの世界では、軟弱でジャズ以外の聴く耳に媚びたようなものというようなイメージを持ちがちであると思うが、「 milestone s」から始まるこのアルバムは、力強い、男顔負けといってもいいような骨太のアルバムに仕上がっている。単音は力強く歯切れよくというものであり、そこに女性的なエコーを添えて、更にボイス・パフォーマンスを加えるというようなイメージである。選曲も「 Blue in Green 」「 E.S.P 」や「 Neferutiti 」のような、マイルスのジャズとロック融合期のナンバー...

The end of the North - 埼北物語 児玉編 2 - 水源を求めて・・・

   源泉を見ていると先に書いた。それは埼玉北部の水の源泉ということだが、ここだけ読むと源泉を求めて、川を上流に遡って行くという話に思えるかもしれない。その「水」というのは、「水が合わない」というときの水である。ようするに風土みたいなものである。その風土みたいなものには、人柄、気質みたいなものも含まれるのだろう。それにしても、北部を熊谷、深谷、本庄、そして最も北の児玉と遡っているのではないか。川の水の源泉を求めて遡っていくのとどう違うだろうか。どこかそれと似通ったものを感じざるを得ないのである。  そこで、埼玉北部を流れる川を水源を求めて遡っていくと、利根川は奥利根湖を湛える八木沢ダムを経て、群馬と新潟の県境にある大水上山に水源を持つ。荒川は、長瀞を経て、秩父湖を持つ二瀬ダムを遡り、秩父の甲武信ケ岳に水源を持つ。神流川は、藤岡、児玉から鬼石町を流れ、神流湖を湛えた下久保ダムを経て上野村に至り、上野ダムを遡り、秩父、群馬上野、長野佐久にまたがる三国山に水源を持つ。  荒川は埼玉北部の熊谷、川本、寄居を流れ、埼玉の北端において、利根川と神流川は群馬との県境を流れる。  さて今回水源を求める児玉のど真ん中を流れる利根川の支流である小山川(見馴川)は、上流に東関東初の農業用水用ダムを持つ間瀬湖を控え、埼玉県皆野の女岳に水源を持つ。この水源は言うならば、純埼玉産である。 小山川  この物語は「世界の果て」「この世の果て」というような話から始まった。それをどうか辛気臭いとか、不吉だとか思わないで頂きたい。また、児玉編の児玉に「この世の果て」を自分は見ているわけではないし、その意味合いというものを重ねないで頂きたい。しかし、「The ebd of North」 と言った時に、「北の端」「北の果て」というニュアンスは生まれると思うし、そういった環境や雰囲気は持つという意味は含まれている。話を戻すと、旅をする者、旅をすみかとする者は、その「世界の果て」に拘り、いったいどんなところなのだろう?とか、この地上のどこにあるのだろう?などと考えるものだからだ。例えば、沢木耕太郎もそのことを思い、その場所を旅の終わりのサハラ砂漠に「世界の果て」を見ている。しかし、自分に向かって、朝陽が昇ってくるのを見て、ここは「世界の果て」であると同時に自分にとって世界の中心だと思う。サ...