スキップしてメイン コンテンツに移動

鎌鼬(カマイタチ)にご用心!!


今月の上旬の出来事である。
 
 
その日、日直の鍵閉め当番だったので、日没近くに、二回目に玄関を閉めに行った。一回目は5時過ぎであったが、まだ入って来る者がいたので、閉めるのをやめたのである。玄関から外を見ると、近くの薄暗がりで、56人がたまって話をしている。外に出て、そのうち近くにいる二人のうち一人とちょっと立ち話をした。向かい側の3,4人が暗い影になって雑談をしている。さらに少し離れたところに、軽自動車が停まっていて、ハザードを点けているのを見た。運転者は暗くて確認できなかったが、薄暗がりのなかで、ハザードランプが黄色く点滅していた。お迎えの車で誰かを待っていたのだろう。もうその時期なので、夕刻になると少し冷え込みはじめたが、強風が吹いているというようではなかったと思う。それでもやはりまだ、入ってくる者がいたので、二回目も玄関を閉めるのは断念して、玄関から中に入り、廊下を歩いていると、何かがポタポタ顎のあたりからたれているような気がして、それを手で拭いながら歩いた。気のせいかと思っていたが、しつこく垂れている様子なので、拭っていた手を見てみると、手が血だらけなのである。「なんだよ!血かよ!」と思い、慌てて洗面所に入って、鏡を見ると、左顎の半分より下あたりからすっと線が入って切れていて、顎の下あたりに血が溜まってポタポタとたれている。血だらけになった手を洗い流し、トイレットペーパーを濡らしてやはり血だらけになっている首や頬や顎を拭った。そして、暫く傷のあたりにトイレットペーパーをあてて押さえていると、幸い血は先ほどの出血を思うと不思議なくらいすぐに止まったのである。しかし、ワイシャツは血だらけである。

部屋に戻って、同僚に見せると、「どうしたんですか?!」ということになった。冗談を言っている場合ではないのだろうけれども、「力石徹のカミソリアッパーを食らっちゃったんだよ!」と答えた。「え~っ!」という同僚にその一部始終を話した。正に俺は、力石徹にカミソリアッパーを食らった時の矢吹ジョーのように血まみれだった。何かにぶつかったということもないし、何かにかさったり、かすったりしたということもない。そして、極鋭利な刃でスーっと切ったと思われるような痛くもなんともないような綺麗な切り口である。あの薄暗がりの中に力石徹の亡霊がいたのだろうかと思えるほど、不可思議な話で、奇妙な出来事なのである。そして、その時にはもう傷もどこにあるのかわからないような有り様である。
 
 
二人の話の中で、鎌鼬(カマイタチ)という言葉が出たのは、その時である。鎌鼬伝説というのは、鋭い鎌を持ったイタチが人を知らぬ間に切りつけるというものである。いわゆる妖怪の話である。日本各地にその事例があり、また科学的な解明説も多く書かれている。しかし、その現象を経験した本人としてはどの説明もしっくりとこないのである。科学的な解明に至っては、あかくただれた末切れるというあかぎれ説、風の中で真空状態ができそれによって切れるという真空説・・・とどれも。お前が実際に経験して考えているのかと思われるようなものばかりで、もっともらしい科学的根拠をあげて解明したかのように思っているが、どれもピント外れで正解だとは言えない。少し頷けるのは、三匹の鎌鼬の話で、一匹目が転ばす、或いは風を起こす、二匹目が鋭く切りつける、そして三匹目が傷を早く治す、或いは浅くするための薬を塗るという作り話的な鎌鼬伝説である。もうひとつは、超能力(霊能力)持った者が肉体そのものでなく、その人の霊体を切るという話である。このふたつは、鎌鼬現象を経験した者、本人として、事実と合わせて考えると納得ができるものがあると思えるのである。

そうして、全てを合わせて考察すると、先に述べた霊能力者説であるが、これは、そんな者がいたならば、まさしく世界の脅威であって、あちこちで、未解決の殺傷事件が起きかねない。とすると、霊能力者でなく、霊界に存在する何者かが、何らかの意味があってそれを試すために、霊能力をもって切っているのではないかという説が自分の中から浮上するのである。霊界の存在そのものを信じない人であるならば、全くあり得ないというような非科学的な説とも受け取れると思うが、科学でうまく実証できない世界のことであるので、その世界の存在を信じざるを得ない経験のある者にとっては、論理的であり、科学的であるとも言えると思うのである。また、ここに新たな鎌鼬伝説が加わることになるが、それは『霊界鎌鼬説』である。
『鎌鼬(カマイタチ)にご用心!』というタイトルにしたが、俺は今まで生きてきて、カマイタチの話というのは聞いたことがあるけれども、実際に自分の周囲でカマイタチに遭ったという人に出会ったことはないし、また、そういうめに遭ったという人の話も聞いたことが無い。だから、カマイタチ現象というのは、よくあることではなくて、そのくらいの稀な確率で経験するものだと思う。とすると、俺は希少なカマイタチ現象の経験者ということになるのだろう。

 あなたは、どう思う?

 そして、俺は三度目に玄関を閉めて、職場を後にした。もう俺は御免被るからな!と、赤城おろしの鎌鼬?に心で言いながら・・・。

(^^)/R. Thank You !

コメント

このブログの人気の投稿

2022年3月:歯根嚢胞手術の巻(入院食でひとりめし!)

 2022 年は、年賀状を出したばかりで、「ひとりめし」の投稿、更新もなく、 申し訳ありませんでした。実は、手術があったり、その後、別の生活習慣病が起こって、自宅療養と言っても、通院しながらの自主食事療法のようなことをしていました。   m ( _ _ )/  ごめん!    昨年度から歯と鼻炎の治療を継続的にしていて、その関係で上顎のCTを撮るということがあって、そこで歯根嚢胞が上の左の歯の根元にあるということがわかって、その手術の必要が起こりました。それで、三月末に入院をして、口腔外科で嚢胞を除去する手術をしました。その口腔外科でもう一度CTを撮ると、やはり歯の根元に嚢胞があるということで、この歯根嚢胞というのは、後々、葉肉や周囲の歯に悪影響を及ぼすので、やはり除去する必要があるということでした。また、その時、別の大きな粘液嚢胞というのも発見されたのですが、この粘液嚢胞は悪影響はないので、手術の必要はないと言われました。へえ!この粘液嚢胞のやつの方が大きくて悪そうなのに、取らなくていいとはね。やっぱり、小さくても歯の根元にくっついてできた嚢胞の方が小さくても悪いということなんだろう。その時、ついでに、その粘液嚢胞のやつもとって欲しいと思ったわけですが、悪影響が無いものを手術除去する必要はないということになったわけです。しかし、普通では歯根嚢胞チェックのためのCT撮影なんてしないから、この嚢胞を発見する機会というのはないなとも思いました。だから、多くの人がこの嚢胞がもしあったとしても、なんらかの症状が出るまで、放置することになるなと思うわけです。    手術は、午前中、一時間くらいで終わったと思います。医師は腕のいいと思われる女医でした。「よろしくお願いします。」と言うと、医師は麻酔を何か所かにして、歯を何回かで根元まで抜いた感じでした。麻酔が効いていたので、痛みは全くありませんでした。ところが、その後、嚢胞を探している様子で、「あれっ?!」と言うのです。ちょっと。なんだ?嚢胞がみつからないのか?ちょっと探っていて、中心より横のあたりで、「あった。あった。」ということで、その嚢胞をピンセットで取り出して、「ほら。これが嚢胞。」と言って、看護師に差し出して容器に入れさせた。これで、手術は首尾よく終わったというわけです。「ありがとうござ...

橋本一子の『Miles Away』

橋本一子 のマイルスへのトリビュート・アルバム『 Miles Away 』は、どうしてこんなにも、今もなおマイルスの不在を寂しがるマイルス・ファンの思い ( 喪失感 ) を満たすのだろう。それは、マイルスのサイドマンであったり、ライブを重ねたミュージシャンたちのどんなトリビュート・アルバムよりなのである。 橋本一子はこのアルバムのライナー・ノートで自ら「マイルス・ディビスは、私にとって、ジャズというジャンルにおいてはもとより、音楽における最   も重要であり偉大な音楽家のひとりです。」と言っている。そして、「常に新たな地平を見据え、スタイルもジャンルも超えて突き進んだその天才は、いま音楽をやっているわたしたちに多大な影響を残していきました」とマイルスのことを語る。 橋本一子をライブで初めて聴いたのは、吉祥寺の確か曼荼羅というようなライブハウスであったと思う。山下洋輔との共演であった。橋本一子の出現は、日本の歌謡界でいうなら、荒井由実の登場のようなもので、日本のジャズ界においては、全く新鮮な輝きと驚きと幸福であったと思う。アルバム『 Ichiko 』『 Beauty 』『 Vivant 』~『 Mood Music 』の三部作、四部作は、彼女の傑作であると思うし、日本の当時のジャズに明らかに、新鮮な風を吹き込み、彩りを加えたと思っている。ジャズを基本としているが、クラシック、現代音楽、ポップスと融合し、更にハスキーでスウィートなボイス・パフォーマンスを加えた彼女独自のスタイルは、刺激的で魅力的であった。 このアルバムは彼女の 14 作目にして初めて、マイルスに捧げられたアルバムということになる。女のジャズピアノアルバムというと、ジャズの世界では、軟弱でジャズ以外の聴く耳に媚びたようなものというようなイメージを持ちがちであると思うが、「 milestone s」から始まるこのアルバムは、力強い、男顔負けといってもいいような骨太のアルバムに仕上がっている。単音は力強く歯切れよくというものであり、そこに女性的なエコーを添えて、更にボイス・パフォーマンスを加えるというようなイメージである。選曲も「 Blue in Green 」「 E.S.P 」や「 Neferutiti 」のような、マイルスのジャズとロック融合期のナンバー...

男のひとりランチ:コヤラズ

 今日、O君が 「インドカレーしか食べないの?」 と言っていた。うん。確かに、昼飯食えば、インドカレーばかりで、そう思うのも当然だね。全くO君ならではのナイス!な疑問とつっこみだね。  ここんところなぜ、インドカレーばかり食べてきたか、考えると理由がある。話すとちょと長いんだけど、いい?  10年、母の世話(いわゆる介護)をして、5年は仕事をやりながら、後の5年は仕事を辞して、世話だけに集中したんだ。その方が、お袋にとっても、自分にとってもいいと判断したから。仕事とケアに夢中だったということもあるけど、その10年は、時が過ぎるのもまた速かったな。過ぎて行った時は、「10年は一昔」「光陰矢の如し」というよりも、「色即是空、空即是色」だ。とにかく、仕事とお袋のケアのことだけ考えて、過ごしたんだ。後半は「お袋、頑張れよ~。俺がついてるから。」でケアのことだけ考えて暮らした。話をしない親子ではなかったけど、息子なんて、親が元気でいれば、外で仕事したり、遊んだりして、飯を食いに家に帰るようなもんだと思うから。お袋が階段を踏み外して、足を折った時は、自分が折ったように痛かったし、びっくりしたよ。その時も俺は、「お袋、もうちょっと待っててくれ。すぐ行くから。」と思い、仕事を終えてから駆け付けたんだ。「なんかまぶしくて、目がよく見えない。」と言っていたのに、俺は仕事が忙しいことにかまけて(お袋の初期の緑内障はすぐに眼科に連れて行くべきだったのに。そういう知識が自分にはなかった。)、「じゃあ。眼鏡変えてみたらいいんじゃない。少し色つけたりして。」くらいに考えていたんだから。その時だよ。あぁ、お袋も歳をとるんだなと思ったのは。昭和一桁のお袋は、強いし、頑張り屋なので、入院をして、リハビリを終え、また歩けるまでに回復したんだ。それから、10年間、お袋は、自分自身の気持ちでも、また俺のケアの甲斐もあって、頑張ってくれたんだと思う。    話をインドカレーに戻すと、その十年間、俺はご飯をお袋と自分のために作り続けたわけだけど、お袋はどんな風に作ってたかなぁが基本で、自分で工夫して、ほとんどの家庭料理は作れるようになったね。誰だって10年やれば、そうなるよ。それに自分が食べたいものは、自分で作るしかないと思ったのと、お袋にいろいろ食べさせて栄養つけてもらいたいと思ったから(飯の恩返しだ...