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ヤードバーズ

 
 今になって、「俺のハードロックデイズ」と題して、自分が聴いていた以前(その前)のロックバンドと、当時シングル盤しか買えなくてアルバムで聴いていなかったロックバンドを聴いている。なぜならば、ビートルズをその解散当時、小学高学年で知った自分は、ビートルズは前も後も追って聴いたけれども、小学低学年では、当時のロックバンドなど聴くことはできなかったし、小遣いを貯めてレコード店に通ったけれども、ヒット曲のシングル盤を買って聴くことで満足していたし、Lpを何枚も買うことなんてできなかったからである。
 
 今回は、ヤードバーズである。「Five Live(1964)」これを聴く限りは、チャックベリーとエルビスのロックンロールを忠実に継承したバンドというイメージである。ロックンロールブルースバンドという感じである。一部ブルースロックの兆しをみせる。ビートルズ誕生から、当時のイギリスにおけるロックンロールバンドブームの熱と渦の中で幾多のバンドが生まれたと思うが、その中のひとつのバンドであると思う。クラプトンとジェフベックとジムページを産出したロックバンドとして、イギリスにおけるロックの黎明期のバンドのなかでも現在、かなり注目されているバンドである。しかしながら、正直に言わせてもらうと、今現在聴く限りは、歌も含めて、その熱の中で好き勝手やっている感じで、下手くそでやけにやかましいだけのバンドという気もするのである。 「For Your Love(1965)」「Rave Up(1965) 」「Roger The Engineer(1966)」まで聴くと、ブルースロックンロールだけでなく、サイケ、ポップの傾向もみせているということがわかる。自分が聴く限りは、「Roger The Engineer」が一番できがいいような気がする。一部において、ブルースロックの兆しや、ハードロックの兆しが見えてくるところがある。残念ながら、ヤードバーズの印象は、奇跡のロックバンドとか、天才ロックバンドの印象は乏しい。黎明期の初々しさこそは感じられるが、鋭い光や才能の一端が聴かれるという感じではなく、言っては悪いが、極めて凡庸なイメージである。どうしてかと考えてみると、熱の中でまだ暗中模索している観があり、確固としたスタイルや方向性を見い出せていないからであると思う。この後、クラプトン(そのブルースロックギタープレイにおいてクラプトンは既に脚光は浴びていたが)は、クリームに発展し、さらに進化していく。ジェフベックは独自のギタープレイの道を行き、ジムページはツェぺリンを生む。そこで、光るのであって、ヤードバーズにおいては、音出しや音試しをしていたようなものであると思う。また、ヤードバーズにおいて方向性とスタイルを確立していたとすれば、頻繁なメンバーの入れ替えということはなかったと思うし、短期で終わることなく長くその活動が続いているはずであると思うからである。誕生してから既に次から次にヒット曲を飛ばしてゆき、ヤ―ドーバーズのメンバーが方向性やスタイルを確立していこうとする中で、既に達するところまで達し、早くも'70年には、そのバンド活動を終えてしまう奇跡の天才ロックバンド、スーパーポップのビートルズと比べると明らかである。そして、自分が聴く限りはヤードバーズには、名曲というような印象に残る曲はない。ここで、ビートルズのチームワークのよさとできの良さを改めて知ることになりビートルズの偉大さを改めて再認識することになるである。
 というわけで、ヤードバーズは、その後活躍したクラプトンやジェフベック、ジムページの活動をもって、逆指名的に遡って、当時その熱気の中で幾多も生まれたロックンロールバンドのなかで、脚光を浴びたバンドであると言えると思う。興味深いバンドではあると思う。

 
R.

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