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今年の桜花


緊急事態宣言のことを、俺は当初、非常事態宣言と間違えていた。
緊急:事が重大でその対策、処理に至急を要する様子。非常:通念ではとうてい律することができない様子。


コロナウイルスは、謂わば諸刃の剣である。

 緊急事態宣言は、やがて、コロナウイルスが消滅しないままに解かれていくのだろう。すると、人々の活動とともに、再び感染があちこちで発生するのだろう。その時の発生率は、当初、甘く見て拡大していった第一次感染より、小規模であることが理想であると思うし、小規模であって欲しいと思う。


その第二感染を根気よくまた、ここまでのノウハウをもって抑えていかなければならないと思う。暫くは根気よくその繰り返しなんだと思う。医療従事者は、自身ぬかることなく完全な防備をもって、根気よく、諦めることなく。開発された治療薬に血液凝固を防ぐ薬を加えるというようなより良い治療法を模索しつつ。


我々は我々で、よりよい感染リスクを避ける方法を模索しつつ。
しかし、人が活動をする限り、どうしても避けられないリスクというものがある。


車の窓を開けて、右手に風を感じて、走っていると。ふと、これで自分が感染するようであれば、ウイルスは世界に蔓延しきっているのだろうと思う。そのことは、人類がコロナウイルスに負けたことを意味するのだろう。それは、最悪の事態で、人々が一度感染し、ウイルスの抗体、免疫を体に持つことで収束していくというような。


しかしながら、人獣ウイルスと思われるコロナウイルスは、当初、甘く見ていたことが、こういう事態を招いたと言えないではないが、常に変異しつつ感染を広げていくような気もして、そういう抗体や免疫が通用しないかもしれない。再び発症しかねないし、二次的な感染によってまた発症しかねない。しかも、見えない公表されていないところで、すでに感染は広がってしまっていて、新たな感染者というよりも、発症したその感染者を確認している事態なのだろう。だから、そういったグレーゾーンで今でも感染は少しづつ広まっているとも言えるかもしれない。


根気よくコロナウイルスには対抗するしかない。


とともに人類の知恵と能力というものを信じて、必ず良い治療薬やワクチンが開発され、コロナウイルスはやがて、驚異ではなくなり、正常な人々の暮らしが戻ることを願うが、今はあなたも、そして私も、活動しつつも、可能な限り感染リスクは避け、感染を免れてあればと思う。そして、そうしたひとりひとりの思いがコロナウイルスの感染拡大を防ぐことにもなるのだと思う。今、感染で亡くなった人のことを思うと、本当はブログも、こういったこともあまり書く気にはなれない。


どうか、あなたも、私も、感染を免れてあれ。








R.


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