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そして、北走!? - 会津へ「月日は百代の過客にして・・・」 -

 
東の横須賀から
今度は
北の会津である。
 
猪苗代湖の近くに
タロカフェ
という
小洒落たカフェがある。

 
 
 
ただ
小洒落ているというだけでなく
その日はアイスカフェオレを飲んだが
本当に美味しいカフェオレだった。
このカフェオレから
珈琲の味が推し測れるような味。
 
それに
焼き菓子がまた美味しい。


 
 
猪苗代湖から会津若松に向かうと
城の近くに
会津葵という
カステラあんの和菓子を商う店があって
 
 
その近くに
シルクロード館

 
そして
北出丸カフェがある。

 
その日は
珈琲ゼリーとエスプレッソをダブルで頼んだが

 
カフェと言っても
ここは
立派な洋風レストランである。

 
 
会津若松市の中心を
ちょっと外れたところに
とん亭
はある。
気前と切符がある
親父さんの店だ。



 
とんかつ屋だが
馬刺し
も食べられる。
 
その日は
桜肉の
ソースカツ丼
を食べた。
桜満開ならぬ桜満腹である。
 
 
会津を去るときに
もう一度
サービスエリアから
磐梯山を拝んだ。

 
こんな風に
好きな写真を廻って
再び旅をしていると
それぞれの土地に
思い入れというものが生まれ
また
土地の人と
写真を廻って
関わっていると
人情を感じることもあって
「旅を棲家とし」
と言った
芭蕉の気持ちが
実感として
わかるような気がした。
 
 
 
「月日は百代の過客にして
行き交ふ年も
また
旅人なり。」
 
 
 
R.





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