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7月, 2020の投稿を表示しています

フライ(熊谷編)とボウイとアドアストラ

 昨晩、デビット・ボウイのライブを観ながら考えた。というより自分が持っているデビット・ボウイ像をもう一度頭の中で整理していたという方が正しいかもしれない。デビット・ボウイはホールのようなライブ会場で楽しそうに歌っていた。その光景が俺はなんだか嬉しかった。ボウイについては先にも書いたことがあるが、「ジギー・スターダスト」で一度完結して、星からやってきたスターマン、ジギーを演じることを止めた。売れている企画でバンドなのになぜやめるのかと思ったファンも多いと思う。ボウイはジギーを演じ続けることに疲れたというか、限界を感じたのだと思う。それは、その頃のボウイのファッションやパフォーマンスを見てもらえばわかると思う。そういう意味でもやれることはやりつくしたんだと思う。そして、自分が心底目指していたスターマンの座を自分の表現でものにした。寧ろそこまでの奇抜なファッションやパフォーマンスはボウイがスターの座に駆け上がるための必死の手段であったのだと思う。俺はその「ジギー・スターダスト」でデビット・ボウイは完結し終わってそこまでが全てでいいと思うようなところがあった。勿論、それはパフォーマンスということでなく、音楽的にである。先も見据えつつそこまでのロック、ソウル、サイケ等、様々な音楽的要素を持ち、ボウイとして出し尽くした音楽の完成であって、いつ聴いても素晴らしいし、飽きがこないアルバムである。ジギーは自分にとってはそういうアルバムである。                                                                   ライブを観ながら、ボウイのことを整理していくと、でもな、ボウイはジギーでスターの座に登りつめて、そこからの第一線での活動の方が長いんだよなと思う。思えばその後も自分も好きなヒット曲も数々ある。時代に敏感に反応し、常に変化し、進化し続けた魅力的なロックスターだ。ジギーを...

考えるヒントと小玉スイカ

  今日はゆっくり起きて、雨なら墓参りは延期しようと思っていた。朝食を食べおわって、 CD チェックなんかをしていると、この夏初の蟬が鳴き始めたので、ここは墓参りに行って来ようということになった。昨日、食材がほとんど尽きたので、買い出しに出たときに、本当に久しぶりに家の仏のお供えの花も買った。庭のユリも菊も花が尽きてしまったので。それで先の親父思いの経に続いて、般若心経を唱えて勤行をした。その時に、明日、墓参りに行くから、その時だけでも雨をやましてくれる?とお願いした。お袋が亡くなってから何年か毎日欠かさず勤行を続けてきて、薬指の骨折を理由にひと月くらい勤行をやめていたけど、何年か続けていた時に、気持ち自体がマンネリ化するということはなかった。途切れた理由は薬指だけれども、実は俺は必ず毎日勤行をしなければというこだわりはない。だから、ここらで一回やめてみるのもいいかもという思いもあったからだ。  久しぶりに唱える般若心経はどこか新鮮さを感じた。     墓の除草は毎月やっているので、草がはびこることはない。通り道の草をゴミ袋ひとつくらい除草してから、花を供えて、今日は姉が送ってくれた線香をあげて、手を合わせる。いつも親父にはボスの缶コーヒー、お袋にはお茶かミルクティーを供える。それで、一服しながら、俺も親父と同じボスの缶コーヒーを飲んでいると。唐突に、「なんで今日、墓参りに来たんだ?」という仏の親父らしき声が聞こえる。「ん?蟬が鳴いていたから、大丈夫だろうと思って。」と答える。それで何気なく墓の後ろに重ねてある古い塔婆を見ると、その先に蟬の抜け殻がとまっていた。    帰りながら、何ということもないかもしれない些細な蟬の出来事にはどんな意味があるんだろう?と考えていた。家に着いて、小玉スイカを家の仏にお供えして、食べようと思う頃、あぁそうか、俺と仏の世界はこんなふうにつながっているんだからなと伝えてくれたのか、と気がついた。  それは誰にでも起こっていることかもしれないけれども、気づかないだけのことかもしれない。そう俺は思う。また、偶然とも、考え過ぎともとることはできるからね。でも、蝉が孵化した時から、雨が降っていても蝉が鳴いてつかの間雨がやみ(墓参り中は全く雨に降られなかった)、俺がそこにその日に...

インドカレー(熊谷編)とカルマ

  2年ほど前、 インド好きの若い同僚とインド料理を食べに行った時、「若いころ、インドに行こうと思ったことがあるけど、今は行くべきではないという気がして、というか、今インドに行ったからとてつまらないと思ったんだ。なぜならばインドは当時ちょっとブームになっていて、もし行ったとしても予め自分が本で読んだり、写真で見たインドをただ確認にいくだけのように思えて、それは愚かな旅だろうと思ったからだ。そして、アジア、中南米の旅に出たんだ。それでインドに行きそびれちゃったんだ。今からでもインドに行ってみようかなと思うんだけど、どうかな?』というような話をすると、若い旅好きの同僚は、「カルマでインドはそこに来る者を呼ぶと言います。今、インドに呼ばれてるのかもしれないですね。」というようなことを言った。それを聞いて面白いことを言うんだなと思った。  現在、頸椎の治療中で、右足の薬指を骨折し、コロナウイルスの脅威の中、日々仕事に出ていると。先になにもこんな試練しなくてもとつい泣き言を吐いてしまったが、入浴するというこの生活の一コマを取り上げても、右足の薬指に添え木をして包帯を巻いてある上に、サランラップを巻いて輪ゴムで止める。さらにその足にレジ袋を履いて縛り、その上から紐でそのレジ袋を縛る ( これが自分が見つけた右足の包帯を濡らさない最良の方法だからだ ) 。そして、ロボコップのように浴室まで歩いていき、素っ裸になって身体を洗い、かつてお袋のために浴室、浴槽まわりに取り付けた手摺 ( と言ってもお袋は一人で風呂に入れるということは勿論なかったが ) にしがみついて足を濡らさないように湯船に浸かり、またしがみついて湯船から上がる無様な自分を思うと、東洋哲学的で神秘的な響きを持つ「カルマ」という言葉からは程遠い気がするのだ。             いやこれはもっと土臭いような大地 ( アース ) や世界 ( ワールド ) 、自然 ( ネイチャー ) というような言葉の方がしっくりくるような気がする。「カルマ」とは「業」と訳され、現在の環境を決定し、未来の運命を定めるものとしての善悪の行為という意味である。それより寧ろ、自分の意志という言葉から連想される「大いなる意志」というような言葉の方がしっくり...

コロナウイルスと個人的な試練とファストフードの季節

 世界や社会がコロナウイルスの試練と戦っている時に、俺も勿論、その試練から逃れられるわけでもなく、その試練に耐えながら、更に個人的な試練と戦っていた。折よく(家庭勤務)というのか、折り悪くというのか、頸椎狭窄症、頸椎のヘルニアが再発して、その治療をしていた。痛みと戦いながら、その痛みを抑える薬による副作用と戦っていた。自分に現れた副作用は毛細血管が切れて、紫斑ができような症状と眠気と肥満(薬に太る作用がある)である。     紫斑は気にしても仕方ないし(医者も気にしないと言っていた)、眠気は気持ちを脳内麻薬でハイにもっていくようにして、珈琲を飲んで消す。三食まともに食べると太ってしまうので(以前からその傾向はあったけれども)、一食抜くか、昼を手前のおにぎり弁当一個にしようかなどと考えていた。しかし、二食を自炊でやってる俺は、昼の弁当まで作るのはちょっとつらいところがある。そこでランチをファストフードにしたらどうかという方法を思いついた。ランチセットにすれば、比較的安価だし、一石二鳥だ。そうして、緊急事態宣言とともに、俺のファストフードランチの季節が始まったというわけだ。       リスクを避けて、テラスで食べられる店は外を選ぶようにして、室内の場合は、所謂、ソーシャルディスタンス、間隔をとれない店は避けるようにして。ランチタイムに職場の近隣のファストフード店の食べ歩きをしていたというわけである。このファストフードのランチに飽きが来た頃、緊急事態宣言が解除された。と同時に俺は、自分の不注意で、マキタの小型掃除機を蹴ってしまい、右足の薬指を不幸にも骨折してしまった。痛ってぇ~!と思った感じがいつもぶつけた時と違ったので、右足の薬指を見ると、外側を向いていて、頭をいじってみるとペロペロになっている。これは骨折したなと思って、痛い薬指に我慢してなんとか湿布を巻き絆創膏で巻いて押さえておいた。週明けに頸椎の治療で通っていた医者に診てもらうとX線を撮って、「折れていますね。」ということだった。みんなも足元にはよくよく注意した方がいいよ!       個人的にはコロナのリスクと頸椎の痛みと副作用、右足の薬指の骨折と三重の試練を負っていることになる。悪い時には悪いことが重なるというのか。...